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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)302号 決定

抗告人 東宝地所株式会社 外二名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  抗告人らは、原決定を取消して更に相当の裁判を求める旨申し立てたが、抗告理由の要旨は左記のとおりである。

(一)  本件競売の申立債権者であつた大都工業株式会社と抗告人らとの間に元本限度額を金一億八千万円とし右申立債権者から抗告人らに対し継続的に金銭貸付を為す旨を約した契約(以下これを本件与信契約という)には、これを右申立債権者において何時でも解約し得るとの特約はなく、却つてその期限に関しては該契約書の第四条に「本契約期限は予め定めのないものとする。」と特約されている。右第四条は、本件与信契約の期限については追つて協議事項とする趣旨と共に抗告人らに債務不履行があつても右申立債権者において直ちに本件与信契約を解約することはできないとの趣旨を含むものであるが右期限についての協議はいまだなされていない。従つて右申立債権者が昭和三六年四月三日に為した本件与信契約の解約の意思表示は無効であつて、本件与信契約は今なお存続しているから本件根抵当権はいまだ普通の抵当権に転化しておらず、また、本件与信契約における前示限度額内の被担保債権は現在なお未確定であつて、その弁済期は未到来である。されば本件根抵当権についてはこれを実行すべき時期が到来していないものというべきである。

(二)  本件競売目的物件中建物の登記簿上の表示は実測の結果と対比するとその構造、坪数等の点で同一の建物とは認め難いほどに著しく相異している。競売目的物件たる本件建物にかかる事情の存する以上裁判所は民訴法第六五三条の規定の趣旨に準じた処置を執るべきである。また本件建物についてはその登記簿上の表示と実測の結果との間に右のような相異があるに拘らず本件建物の競売申立人はその競売申立書に誤謬記載のある登記簿謄本を添付したのみで実測によるその現況を証明する資料を添付せずに競売の申立をしたのであるから本件競売申立には特定を欠く建物が競売目的物件として表示された違法がある。

二  当裁判所の判断は次のとおり。

抗告理由(一)について

本件競売事件(東京地方裁判所昭和三六年(ケ)第三二四号)記録によれば、本件与信契約には抗告人らの主張するとおり、債権者たる大都工業株式会社において何時でもこれを解約し得る旨の特約が為されたことは認め得ないが、所謂与信契約に基づいて金員を借受けた債務者が当該借受金につき約定された弁済期日にこれを弁済しないときは、債権者はかゝる債務者との間に相互の信頼関係を基調とする継続的法律関係としての与信契約を維持し難い重大事由が生じたものというべきであるから反対の趣旨の合意の存しない限り、直ちに(事前に何等の措置を執らずに)与信契約を解約してこれを終了せしめ得るものと解するを相当とし、従つてもし、与信契約に基づく根抵当が設定されている場合に右の如くして与信契約が終了したときは該根抵当は法律上当然に右終了時に存する一定額の債権を担保する普通の抵当権に転化するものというべきである。

しかして前記の記録に綴られている本件根抵当権設定契約書写の記載によれば、同契約書第四条には「本契約期限は予め定めないものとする。」とあるが、右条文が抗告人ら主張の如き趣旨をも含むものとは解し難く、従つて本件与信契約にあつては、債務者がこれに基づく特定債務を不履行の場合に債権者において直ちに右契約の解約を為すことを禁ずる特段の合意の存することは認められないのである。ところで前記の記録によると、本件競売の申立債権者たる大都工業株式会社は、本件与信契約に基づき抗告人らを連帯債務者として金一億八千万円を貸付け、その内金八百三十八万八千円の弁済を受けたが残金一億七千百六十一万二千円についてはその弁済期限たる昭和三十六年二月十五日を経過しても弁済を得られなかつたので同年四月三日ころ内容証明郵便を以つて抗告人らに対し本件与信契約を解約する旨の意思表示を為したことが認められるのであつて右解約の意思表示が有効であつて、これにより本件与信契約は終了し、本件根抵当権は既に弁済期の到来していた前記貸金債権を担保するための普通の抵当権に転化したものであることは既に説明したところによつて明らかであるから、抗告人らの抗告理由(一)の主張は理由がない。

抗告理由(二)について

抗告人らの本件競売手続開始決定に対する異議申立事件(東京地方裁判所昭和三七年(ヲ)第一三六二号)の記録によれば、抗告人らは本件異議申立の趣旨として、東京地方裁判所が本件競売事件につき昭和三六年四月一二日に為した不動産競売手続開始決定の取消を求める旨申立書に記載してあるが、本件競売事件の記録によれば、右競売手続開始決定においては競売の目的物件の中に建物は含まれていない。しかし記録によれば大都工業株式会社が本件三筆の宅地と共に本件建物に付き抵当権実行に因る競売を申立てた時には、既に右建物については原田建設株式会社の強制競売の申立に基き東京地方裁判所昭和三六年(ヌ)第一八三号として競売開始決定があつた(昭和三六年三月二二日)ので、建物についての競売申立は右強制執行の記録に添付されたこと、然るに其後昭和三六年六月二日原田建設株式会社の申立に基く右強制競売に対して執行停止の決定が為されたので、其の後は右開始決定は大都工業株式会社のため為されたものとして、同会社のため他の三筆の宅地と共に競売手続が進められたことを認め得る。従つて抗告人の主張する異議は右昭和三六年三月二二日に為した建物に対する競売開始決定に対しても申し立てられたものと解するを相当とする。

然し抗告人主張の如き理由は、いまだ以て目的物の特定乃至同一性を欠くものと謂い得ないこと明らかであるから、競売開始決定自体を不当ならしめるものと謂うことを得ない。

ほかに記録を精査するも原決定を取消さなければならぬような違法な点は見当らないから抗告人らの本件異議申立は理由のないものとしてこれを棄却すべきである。

よつて民訴法第四一四条第三八四条第一項に則つて主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 宮崎富哉)

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